国民同胞巻頭言

第669号

執筆者 題名
理事長 今林 賢郁 「譲位」特例法の成立に思ふ
- 官房長官発言に疑義あり -
伊佐 裕 見直したい「木の文化」
- 林業再生は工夫次第である -
神谷 正一 我が国の安全保障をめぐる内憂外患
- 平成28年版〈 防衛白書〉を読みつつ、思ふこと -
大岡 弘 「伝統に則した皇位継承」の永続を願って
- 「女性宮家の創設等」について -

 天皇陛下の譲位を可能とする「天皇の退位等に関する皇室典範特例法」が6月9日に成立、16日に公布された。特例法の施行日は公布日から「三年を超えない範囲内」とされ、報道によれば来年(2018)の12月下旬に譲位、翌年(2019)の元日改元とする案が有力視されてゐるといふ。天皇の譲位による御代替りが実現すれば旧皇室典範(明治22年)で終身在位制が規定されてから初めてのこととなる。

 昨年8月8日、陛下御自ら国民に語りかけられたビデオメッセージは、拝聴した多くの国民に恐懼と感激と敬愛をあらためて懐かせる深く重いものだった。陛下は天皇の務めとして「何よりもまず国民の安寧と幸せを祈ること」、同時に「人々の傍らに立ち、その声に耳を傾け、思いに寄り添うことも大切なことと考え」てきたと語られ、この公務が高齢化のために全うできなくなれば「譲位」すべきではないかとのお気持ちを強く示唆された。

 爾来、陛下の御心に副ふことを願ふ圧倒的な国民の意思を背景にしながら、政府は「天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議」を設置して方策を模索し、議論を重ねて今回の特例法の制定となったのだが、この法案を最終段階で審議した衆参両委員会での菅官房長官の発言には疑義を呈したい。

 「今回の皇位の継承は、天皇陛下がその意思により皇位を譲るというものではなく、この特例法の直接の効果として行われる」

 これは違ふ。今回の一連の動きは昨年の陛下のお言葉に由来することは間違ひなく、こんな説明を国民の誰が納得するものか。

 また今回の法案について次のやうにも言ふ。

 「法案作成のプロセスやその中で整理された基本的な考え方は将来の先例になり得る」

 いづれの発言も憲法との整合性や本件を政争の具にしてはならないといふ強い意識から出たものではあらうことは承知の上で言ふのだが、ことは我が国の根幹に拘はる最重要事であり、殊に「将来の先例になり得る」との説明には看過できないものがある。抑も特例が先例になるとはどういふことか。特例とは「特別に設けた例外」である。「例外」であるから「特例」なのであって、例外が例外を重ねて行けば例外ではなくなる。当り前のことである。

 この発言の危ふさはここにあって、将来、この「先例」発言を根拠に特例法の連鎖、敢て言へば「譲位の常態化」ともいふべき事態が起ることにならないか、といふ危惧である。

 今回の特例法・第一条(趣旨)には、陛下が即位以来28年の長期にわたり、国事行為のほか、象徴としての公務に精励されてきたが、83齢のご高齢のため、これらの活動が困難になることを「深く案じておられ」、それに対し国民が「お気持ちを理解し、共感していること」に鑑み、今回の特例法を定める旨が記されてゐる。この「趣旨」を素直に読めば、この法案が陛下の高齢化に伴ふ懸念を受けて制定され、今上陛下に限定された特例法であることは誰の目にも明らかであらう。それにも拘らずこれが「先例」となれば、この特例法が天皇譲位の基本法的性格を帯びてしまふのではないかと懸念される。

 また「国民の理解と共感」云々も問題ではないかと思ふ。天皇の第一の務めは、陛下のお言葉にあるやうに、「国民の安寧と幸せ」を「祭り主」として皇祖皇宗の神々に祈られることである。この地位─皇位は「皇統に属する男系男子」のみに継承され、天皇以外誰ひとりその地位に就くことは許されず、天皇ですら勝手に変更はできないほど重く尊厳あるものである。民間人の進退とは決定的に違ふ。「国民の理解や共感」などで論じられていいほど皇位は軽いものではない。

 それでは何を「先例」とするか。やはり皇室典範であらうと思ふ。現行典範は日本国憲法下での一法律となってしまったが、それでも「天皇が崩じたときは皇嗣が直ちに即位する」(第四条)と定め譲位制は採ってゐない。「先例」とすべきは今回の特例法ではなく、皇室典範でなければならないと考へる。

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   林業の現状

 わが国の林業は、いま大変な苦境に陥ってゐる。林業が苦境の裡にあるといふことは、森林の現状にも問題が発生してゐるといふことに他ならない。

 一年間で成長するわが国の木材の量は一億立米(りゅうべ)(立法メートル)であるが、木材の需要は7千万立米で、その中には輸入材も含まれてゐるから、国産材への需要は2千万立米しかない。即ち年間8千万立米の森林が成長しっぱなしとなってゐる。

 元来、人工林は手数がかかる。枝を定期的に伐り落して、太陽の光りが入るやうにしないと太くならない。陽光が入らないと下草も生えない。従って、降った雨は溜ることなく直ぐに流れ出るため、水源の涵養にならないばかりか、洪水や土砂崩れなどの要因にもなってゐる。

 木材の相場は、30年前は一立米が杉に換算して4万円だったものが、いまでは4分の1の1万円でしかない。物価の上昇を考へると、一番良かった30年前の一割程度と言っていいだらう。これでは木を伐っても収入にならないから林業による生計が成り立たず、後継者も育たない。それだけでなく再植林もできない。林業がだめだといふことは森林が非常に悪い環境に放置されてゐることを意味してゐる。

 森林の荒廃は洪水や土砂崩れといった自然災害だけでなく、地球温暖化の問題にも関連してゐる。

 現代生活はさまざまな面で温室効果ガスを排出してゐる。化石燃料(石炭・石油・天然ガス)を大量に消費するのが現代生活と言ってもいい。電力なしの生活は考へられないが、その発電の際には大量の二酸化炭素が排出されてゐるのだ。森林には地球温暖化の大きな原因とされるCO²(二酸化炭素化)を吸収する働きがある。

 林業の苦境は、地球環境の悪化、林業後継者の不足、地域経済の不振(地方の人口減少)にも関係してゐる。まさに三重苦と言ってもいい。

   林業復活への新しい仕組み

 私は東京・世田ヶ谷で住宅建築の会社を経営して30年を迎へるが、年ごとに深刻さをます森林の荒廃を知り、この5年間、何か新しい取り組みは出来ないものかと思ひを巡らして来た。さうした中で、工務店が直接林業家から再植林できる価格で原木を買ひ取るといふ仕組みを思ひついた。この考へに共感できる工務店連合を作らうといふことで動き出した。

 現在、東京に最も近い森林地帯である埼玉県秩父地方の林業家と具体的な取り組みを始めたところである。林業家、製材所、プレカット会社、工務店の四者が連携して、6月に新会社を始めた(プレカットとは木造住宅の施工前に用材を切断加工すること)。

 六月に発足した「森林パートナーズ」といふ会社がそれである。これによって従来の複雑な流通に頼らない新しい調達の体系ができることになった。林野庁でも林業再生の新しいビジネスモデルとして注目してゐるとのことだ。私どもは林業に関する全体の流れを調整してまとめる「コーディネート会社」と呼んでゐる。

 これによって無駄を省いて、高品質の木材を消費者(建築主)に届けることが可能となる。その証明として伐採した時からQRコードを付けて、即座に山元が分るやうにした。生産地(生産者)と品質等が、そのまま消費者まで伝はる仕組みである。山と消費者をつなぐ役割が新しい会社であって、かうした考へが全国各地の関係者に広がることで、林業復活の兆しが見えて来るのではないかと思ってゐる。

   「秩父銘仙」とも関連して…

 また秩父地方は山地が多く稲作に向かないことから、養蚕が古くから盛んであった。明治から昭和初期にかけて全国に広まった「秩父銘仙」の生産地としても名高い。現在、埼玉県下での繭の生産量は全国3位で、秩父地方にはいまも10軒の養蚕農家が健在である。この「秩父銘仙」を単に伝統工芸品に留めておくのではなく、世界ブランドに持っていきたいと考へてゐる。秩父の木材で作った家具と絹織物が関連し合ひながら、「秩父」の名を世界に広げるべく、それに向けてデザイナーを紹介してゐる。山の廃校跡に芸術家たちを招(よ)んで地域ブランドを高める活動につなげて行きたい。

   針葉樹林から「針広混交林」へ

 現在、伐採した跡に広葉樹を植ゑる取り組みも始めてゐる。楓(かへで)の木は20年で収入につながる。楓の木の樹液からメープルシロップができるのだ。楓糖蜜と言って、ホットケーキに掛けたり菓子の原料となるもので、一本の木から年間8千円ほどの収入が見込まれてゐる。杉の木を一本伐って7千円と比べるとかなりの高収入につながる。かうしたことを考へると「山の経営=林業」復活は工夫次第ともいへる。

 広葉樹の植林によって森が針葉樹との混交林となることの利点は多い。生育する年数が異なることから一斉伐採とならないので土砂流出や地力低下を防止し、水源の涵養にもつながる。花粉症の対策としても広葉樹の植林は有効なはずである。

 そして、消費者に山を身近に感じてもらひたいといふこともあって、伐採後の植林の場に都市の人たちをお誘ひしてゐるが、もっともっとその交流の輪を広げたいものと考へてゐる。

   見直すべき「木の文化」

 かうした新しい取り組みとともに、日本の文化との関連で、再認識すべきことは、「木の文化」といふことである。わが国の文化は木材とも深く関係してゐる。杉や檜(ひのき)は材質が軟らかく、繊細な部材が採れる。そのため日本の工具には多種多様なものがあって、ヨーロッパと比べる大変な違ひがある。鉋(かんな)だけでも細かく見ていくと20種近くもある。

 いま日本に来た外国人がいろんな刃物を買って帰ると言はれるが、大工道具ひとつを見ても、日本文化の繊細さが窺はれると思ふ。日本人には当り前すぎて何とも思はないことが、外国人には新鮮に見えるやうだ。

 わが国の自然に直結する「木の文化」が日本の文化の材料としての本質ではないか、と森を見ながら思ふのである。

 建具や調度、欄間のきめ細かさを思ひ浮べれば、「木の文化」としての日本の文化にもっと関心が向けられていいと日々思ってゐる。身近にある繊細な「木の文化」に気づいて欲しいと思ってゐる。


平成27年11月に落慶法要が行われた本行寺客殿

   木造による大型建築

 奈良の法隆寺が、七世紀の聖徳太子の時代から千四百年の風雪に耐へてゐる、世界最古の木造建築であることは名高い。もちろん、適切な管理と行き届いた修理が行はれて来たからではあるが、木の寿命は恐ろしく長い。

 平成32年(2020)開催予定の東京オリンピックは、その主要競技場となる新国立競技場が木造建築に落ち着いたといふことでも話題となった。専門家に言はせると技術革新によって、木造でもコンクリート造りと同程度の耐火性を備へることが可能となってゐる。

 大型建築の木造化は政府の奨励するところでもあるが、弊社でも二年前、日蓮上人終焉の地に建つ池上本門寺のひとつである本行寺の客殿を木造で竣功させてもらった。昨年は箱根の古い旅館の再生を木造で手掛けた。このやうに住宅以外でも木造の建築の可能性が随分と広がって来てゐる。

 例へば、ある時期までは寺院の伽藍などが建て直される場合、鉄筋コンクリート化が当然のごとくに考へられてゐた。しかし、コンクリート造りの建物の経年変化の「醜悪化」に対して、天然素材の木造建築は経年美化と言ったらいいのか、年を重ねるごとに木の味はひ(風合ひ)が感じられる。このことから、大型建築の木造化に新たな光が当られてゐる。

   創業30年、心がけて来たこと

 創業以来、ここまで30年、「木の美しさ」を建築に生かしたいものとの思ひでやって来た。そこに私の存在もあった。「商品」を売るといふ意識はなかった。住宅建築に携はる私としては、「和風の文化」即ち「木の文化」を大事にしたいといふことで取り組んで来たが、やうやく理解してもらへるやうになって来た感じである。

 やはり住宅といふものは「商品」ではなく、私といふ人間が「ある場所」を作るわけだから、私といふことを大事にして考へると、どのやうな選択をしたらいいのかが自づと見えて来る。森林の問題は、森林あってのわれわれ人間の生存であるといふことから考へなければならないと思ってゐる。

(本会理事、伊佐ホームズ(株)代表  取締役社長)

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 安全保障(国防)は、相手のあることである。相手がどのやうな準備をし、何をしようとしてゐるのか、このことを正しく理解して自ら備へることである。一般的に、国境を接する国家と国家の間には、安全保障上の利害関係が存在する。さうした中で、利害を同じくする国家同士で取り決めを交したり、国境を侵して国土(国家主権の及ぶ範囲)を拡張しようとしたりする動きに備へることは国際社会では常識である。

 我が国とその周辺国(本稿では中国及び北朝鮮)との間にも、安全保障上の課題が存在する。周知のことと思ふが、改めて振り返ってみたい。

   1、中国の懸念すべき動き

 ①物理的手段と非物理的手段

 中国は、軍事や戦争に関して、物理的手段のみならず、非物理的手段も重視してゐる。「三戦」と呼ばれる「輿論(よ ろん)戦」、「心理戦」及び「法律戦」を軍の政治工作の項目としてゐるが、軍事を政治、外交、経済、文化、法律などの分野の闘争と密接に呼応させるとの方針も掲げてゐる。

 近年、国際社会における中国の存在感は良くも悪くも高まってゐる。例へば、国連PKOに対する人的・金銭的貢献のほか、ソマリア沖・アデン湾での海賊対処のためにも艦艇を派遣してゐる。さらに各種の人道支援・災害救援活動へも積極的に参加してをり、国際社会から高い評価を受けてゐる。その一方で、力による現状変更の試みを続けてをり、その既成事実化を着実に進め、自らの主張を実現しようとする強い意思を行動で示してゐる。対外的には、自国の「核心的利益」(「国家主権」「国家安全」「領土保全」など)の尊重を強く求めて、台湾、チベット等ばかりか、東シナ海や南シナ海における主権を強く主張してゐる。

 平成28年6月、訪中した火箱(ひばこ)芳文陸上幕僚長(当時)に対して、常万全(じようまんぜん)国防部長は「日本は、東シナ海、南シナ海等の中国の核心的利益に関る問題に対してあれこれと批評し、『中国の軍事的脅威』を誇張してゐる」と平然と言ひ放ってゐる。

 ASEAN(東南アジア諸国連合)諸国と領有権を争ってゐる南沙・西沙諸島を含む南シナ海においては、主権拡大の活動を活発化させてゐて、平成21年から26年にかけて、米海軍艦船や米空軍機に対する異常な接近・妨害をくり返した。ベトナムやフィリピンなどの漁船に対しては威嚇射撃をしてゐる。

 さらに近年では、島嶼の埋め立てと、そこへの各種インフラの整備(砲台の設置に加へて、滑走路や格納庫、港湾、レーダー施設等の軍事転用可能な諸施設、その中には水上戦闘艦艇の入港を可能とする大型港湾の造成や戦闘機や爆撃機が離発着できる3千米級の滑走路の建設を含む)によって、周辺諸国との摩擦が表面化してゐる。今後、さらに埋め立てが実施され軍事転用可能な施設が作られた場合には、南シナ海全域で中国の状況把握能力や作戦能力が飛躍的に向上することが当然に予想される。

 この海域は、我が国の貿易船が行き交ふ生命線ともいふべき重要な海上交通路(シーレーン)であって、南シナ海での中国の動きは我が国の安全保障に直結してゐるのである。

 ②尖閣諸島海域、波高し

 東シナ海においては、平成25年11月、中国は尖閣諸島上空を含む「東シナ海防空識別区」を設定した。尖閣諸島(沖縄県石垣市の一部)をあたかも「自国の領土」であるかのやうに扱ひ、中国国防部の定める諸規則に従はない場合は「防御的緊急措置」をとる旨を公表してゐる。さらに我が国領空に近づく中国軍機に対する航空自衛隊機の緊急発進(スクランブル)の回数が571回(平成27年度)で、前年度と比べ107回増加してゐる。中国「国防白書」には、空軍による海上空域での警戒パトロールに関する記述が新たに追加されてゐる。

 尖閣諸島周辺海域での中国海洋調査船等による活動が活発になってから既に久しい。平成20年12月8日に領海に侵入して以降、現在に至るまで、接続水域での活動は間断なく続いてゐて、しばしば領海をも侵犯する。また中国漁船の違法操業も後を絶たず、海上保安庁は態勢を強化し、日夜これらに対応してゐる。最近は、中国海軍艦艇も尖閣諸島海域で継続的に出入りしてをり、退去を迫る海上保安庁巡視船に向って、公然と「管轄海域における中国海軍によるパトロールの実施は完全に正当かつ合法的である」旨を言ひ返すやうになってゐる。

 平成25年1月には、中国海軍艦艇による海自護衛艦や海自護衛艦搭載ヘリコプターに対する火器管制レーダー照射事案が発生したし、昨平成28年6月には、中国海軍の戦闘艦艇一隻が尖閣諸島周辺の接続水域内に入り、情報収集艦による領海内航行も確認されてゐる。

 かうした最近の動きに、現状変更を狙ふ中国の企図は、何人の目にも明らかである。

   2、核開発に力を入れる北朝鮮

 ①「先軍政治」による「強盛大国」の建設

 北朝鮮は、思想、政治、軍事、経済などすべての分野における社会主義的強国(「強盛大国」)の建設を標榜し、その実現に向けて「先軍政治」といふ政治方式をとってゐる。これは、「軍事先行の原則で軍事を全ての事業に優先させ、人民軍隊を核心、主力として革命の主体を強化し、それに依拠して社会主義偉業を勝利のうちに前進させてゐく社会主義基本政治方式」と説明してゐるが、金正恩は軍を掌握するにあたって、「全軍を確固たる党の軍隊としてさらに強化、発展させるとともに、敵を完全に制圧することができる我々式の多様な軍事的打撃手段をさらに多く開発、生産すべき」などと述べてをり、軍事を重視し、軍事に依存する状況は、今後も続くと考へられる。

 国際政治学者のケネス・ウォルツは、「核兵器が存在する世界では、最強の国家の半分以下の経済力の国家でも、(核兵器を所有すれば)大国の地位を保持することができる」と言ってゐるが、北朝鮮は米国に対抗するには独自の核抑止力が必要と考へてゐる。北朝鮮が米国及び韓国に対する通常戦力における劣勢を覆すことは少なくとも短期的には極めて難しい状況にあることから、現体制を維持するうへでも不可欠な抑止力として核器開発を推進してゐる。

 対話の枠組みであった6ヶ国協議の再開を求める声もあるが、北朝鮮の非核化は容易なことではない。

 ②「核武力」と「経済建設」を並行させる「並進路線」

 平成25年には、核抑止力さへしっかりしてゐれば国防費を増やさなくても防衛力の効果を高めて、経済建設と人民の生活向上に集中できるとして、経済建設と核武力建設を並行して進めていくとする所謂「並進路線」を決定し、昨平成28年には「今後も、並進路線の旗を力強く握り締めて自衛的核抑止力を一層強化していく」との声明を発出した。

 北朝鮮が初めて核実験を行ったのは、平成18年10月であったが、以来、平成28年1月までの間に4回に亘って繰り返した。その計画の中で、核兵器を弾道ミサイルに搭載するための小型化・弾頭化を追求してゐるものとみられてゐる。

 弾道ミサイルについては、平成5年以来、昨年までに人工衛星と称するものを含めて316発を発射し、今年に入ってからは既に10発を発射した(6月13日時点)。これらの中には、我が国の排他的経済水域に着弾したものが多数含まれてゐる。

 こうした中、北朝鮮は、さらに挑発的言動を繰り返し、米国に対する核先制攻撃の権利行使や我が国の具体的な都市名をあげて弾道ミサイルの打撃圏内にあることなどを強調し、第一攻撃対象に韓国大統領府、第二攻撃対象にアジア太平洋地域の米軍基地と米国本土のほか日本にある米軍施設をあげてゐる。その気になれば一瞬で日本を壊滅させるなどとも言ってゐる。

 我が国としては、より有効な対処の手段について再考すべき時が来てゐる。

   3、憂慮すべき国会の現状

 我が国の安全保障にとって、中国及び北朝鮮のかうした動きは看過できるものではなく、その軍事能力を十分に分析した上で、我が国の防衛力(軍事力)を必要にして十分な質と量に確保することが、安全保障上緊要であることは論を俟たない。しかし、かうした主権国家として当然な対応が、周辺諸国に脅威を感じさせることになるなどいふ倒錯した論を掲げるのが一部の新聞である。

 軍事力は、保持されてゐることそれ自体が脅威といふことではない。世界一の軍事大国米国の軍事力に我々は脅威を感じてゐない。日米同盟の目的が明確であり、米国の意思が明示されてゐるからである。軍事力を運用(使用)することのできる権限を持つものの意思(国家意思)が、如何なるものであるかによって脅威は変化する。インドのガンジー首相は、「原爆の技術そのものが悪魔性を帯びてゐるのではなく、その技術を使ふ国の意思によってその性格が決まる」と言ってゐる。

 我が国周辺諸国の国家意思は、国際社会における彼らの動向と、その発信する主張を考慮すれば、我が国を含む東アジアにとって決して平穏なるものではない。それは、正しく目に見える差し迫った脅威である。

 さる5月3日、安倍晋三首相は自由民主党総裁としては、2020年までに憲法を改正し、自衛隊を憲法の中に明記したいと表明した。このことは国家として当面する喫緊の課題のはずだが、現時点において第九条を含めた具体的な憲法論議は、深まる気配が感じられない。瑣末なやり取りにに終始してゐる国会の現状を憂慮する。

(東芝電波プロダクツ(株))

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   1.「付帯決議」の中の「女性宮家の創設等」について

 「天皇の退位等に関する皇室典範特例法」が、6月9日に成立した。3月の衆参正副議長による「議論のとりまとめ」では、「安定的な皇位継承を確保するための女性宮家の創設等については、政府において、(中略)『特例法』の施行後速やかに検討すべき」としてゐた。3月18日付産経新聞「主張」欄は、直ちにこれに異議を唱へた。すなはち、「安定継承の方策として女性宮家の創設を例示したのは極めて疑問である。(中略)125代の天皇すべてが男系で続いてきた。女性宮家は皇位継承の大原則を崩す。皇室の親族である旧宮家の皇籍復帰を含め、皇室を厚くする検討が自然である」と。

  「政府は、安定的な皇位継承を確保するための諸課題、女性宮家の創設等について、(中略)本法施行後速やかに、(中略)検討を行い、その結果を、速やかに国会に報告すること」。

 「安定的な皇位継承を確保するための」といふ修飾句を「女性宮家の創設等」といふ用語から切り離し、解釈上の余地を拡げ得たことは良いが、配偶者のゐる女性当主の「女性宮家」なるものは、歴史的には、排斥すべき対象であったのである。

   2.「万世一系の皇室の永続」か、「皇室の永続」か

 打破すべき論点の一つは、「皇室の永続」といふキ―ワ―ドに象徴される「女系でもよし」とする論である。特例法案の審議では、民進党は、女性宮家ばかりか女性天皇、女系天皇を含めた検討を政府に促した。馬淵氏は、「皇位継承資格を女性皇族や女系皇族に拡大することについて、国民的な議論を喚起していくべきだ」と発言した。この主張は、昨年12月に民進党の「皇位検討委員会」がまとめた「論点整理」に基づいて為されたものである。

 さて、皇室御存在の根本的意義は、「皇位が男系のみで継承されてきたといふ皇室の伝統に則って、皇(こう)嗣(し)が天皇になられ、国家統治と祖先祭祀をなさるその天皇陛下を、国民が、国民統合の中心として仰ぎ戴くこと」にある。「女系皇族に皇位継承権を付与する」、「女系宮家、女系天皇を認める」といふことは、皇統の中に「男系」と「女系」を混在させ、「皇統の血統原則」を消滅させてしまふことになる。これは「皇室」にとっては革命的変革となる。

 歴史上、「宮家」の御当主は皇位継承資格をお持ちであった。女性皇族当主の「女性宮家」を創設するには、皇室典範第一条の改定が必要になる。明治の皇室典範制定以降は、皇位継承資格者は男子皇族に限られた。従って、近代以後の「皇室」にとってはこれも革命的変革となる。加へて、女性皇族が民間人と婚姻されることになれば、歴史上初めて、「皇室」の中に「皇(こう)胤(いん)」にあらざる民間人男性を引き入れることになる。さらに、子宝に恵まれれば、歴史上初めて「皇室」の中に皇位継承資格を保有する女系皇族が出現してしまふことになる。我が国では、一般には、「姓」については父親や夫の姓が受け継がれてきてをり、また、家を継ぐべき者は娘ではなくまづ息子であるといふ意識が、社会通念となってゐる。婿をとる家産相続が行はれることもあるが、総じて、現在でも我が国は「男系継承の社会」と言へる。特に皇室におかせられては、「男系継承」を皇室伝統の基本原則となされ、これを厳しく護ってこられた。男系継承を前提とするならば、女系皇族にとっての先祖は、皇胤にあらざる父君系統の先祖となる。さうであるなら、現在、天皇陛下が御斎行の皇(こう)祖(そ)皇(こう)宗(そう)の御(み)魂(たま)を祀(まつ)り拝(をろが)まれる皇室祭祀は、女系皇族にとっては最(も)早(はや)祖先祭祀としての意義を失ふ。もし女系皇族が即位すれば、その時、「皇室王朝」は断絶となる。

 皇室では、これまで皇位が「男系」のみで継承されてきた。その一貫した姿は「万世一系」と称され尊ばれてきた。すなはち、君民が相(あひ)共に守り抜くべきは、「皇室の永続」ではなく、「万世一系の皇室の永続」でなければならないと考へる。

   3.現行皇室典範の立案過程における高尾亮一氏の意見

 現行皇室典範の第一条には、皇位継承資格が、かう謳(うた)はれてゐる。

第一条 皇位は、皇統に属する男系の男子が、これを継承する。

 この条文に関して想ひ起されるのは、現行皇室典範の法案骨格の立案作業に携はった高尾亮(りょう)一(いち)氏の文章である。氏は、昭和21年7月に臨時法制調査会第一部会の幹事を命ぜられ、以後、部会長以下委員27名、幹事20名(委員兼任を含む)の部会構成のもとで、主に宮内省側の考へ方をまとめて調整する業務に従事した。その際に高尾氏が小委員会に提出した意見書の主意を、要約して以下に示さう。(大原康男「高尾亮一『皇室典範の制定経過』」、『國學院大學日本文化研究所紀要』第73輯所収、平成6年)。

「① 日本国憲法第二条の『皇位は、世襲のものであつて、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する』は、明らかに、男女同権等を定めた第十四条の例外をなしてゐる。

世襲といふ観念は伝統的歴史的観念であり、世襲が行はれる各具体的場合によってその態容を異にする。例へば俳優の襲名の如く血統上の継続すら要件としない世襲の例も存し得る。

皇位の世襲といふ場合の世襲はどんな内容をもつか。『皇室典範義(ぎ)解(げ)』はこれを一皇(こう)祚(そ)を践むは皇胤に限る。
(引用者注・『皇室典範義解』に「祖(そ)宗(そう)の皇統とは一系の正統を承くる皇胤を謂(い)ふ」とあり。) 二皇祚を践むは男系に限る。
三皇祚は一系にして分裂すべからず。
の三点に要約してゐる。

前記③は、歴史上一つの例外もなく続いて来た客観的事実にもとづく原則である。皇位の世襲といふ観念について他に依るべき基準がない以上、これに依らなければならぬ。さうすれば少なくとも女系といふことは皇位の世襲の観念の中に含まれてゐないと言へる。

⑤ 女系を否定する以上、女帝を認めるといふことは、その御一代だけ男子による皇位継承を繰り延べるといふだけの意味しか持ち得ない。歴史上女帝は存するけれども、一時的な摂位に過ぎない。

⑥ 憲法第14条が示す男女同権といふことは、国民のすべてに適用する法律上の原則について言ひ得ることであって、皇位継承資格者は国民の一部にすぎず、その一部における不平等は必ずしも男女同権原則の否定とは言ひ得ない。」

 以上だが、おそらく、この高尾氏の提出した宮内省側の考へ方が支持されて、前掲の第一条になったものと思はれる。

   4.明治皇室典範第一条に関する枢密院審議

 明治皇室典範の第一條にも、同一の趣旨が、かう謳はれてゐる。

第一條 大日本國皇位ハ祖宗ノ皇統ニシテ男系ノ男子之ヲ繼承ス

 明治天皇御臨席のもとに行はれた枢密院での明治皇室典範の草案審議では、出席者間で重要な遣り取りが交はされてゐた。その詳細な記録が残されてゐる(小林宏、島善高共編著『明治皇室典範(下) 日本立法資料全集17』、信山社出版、平成9年)。

 例へば、第一條に関して、大木顧問官から「皇統と言へば、その用語の中に既に男系の含意があるのだから、さらに男系の語を重ねると同義反復になるのではないか」といふ意見が出たが、伊藤博文議長が、将来において「皇統には女系も含まれる」との解釈の余地が生じることを危惧して、出席者に注意を喚起するといふ一(ひと)幕(まく)がある。これについては新田均氏が既に要領よく紹介してをられる(新田均「小林よしのり氏の皇統論を糺(ただ)す」、『別冊正論』第14号所収、産経新聞社、平成23年)。貴重な証言なので、抄出して以下に示さう。

(大木)本官は(中略)左の修正案を提出せんとす。『大日本皇位ハ萬世一系ナル皇統ノ男子之ヲ繼承スヘシ』。

(伊藤議長)修正案に男系の字を除けり。故(ことさ)らに之を省くの意なるか。

(大木)然(しか)り。

(議長)第一條の修正如何(いかん)に就ては最早議論も尽きたりと信ずるを以て表決を取るべし。其(その)前に於(おい)て各位の注意を喚起すべき重要事件あり。原案には祖宗ノ皇統ニシテ男系ノ男子之ヲ繼承スとあり。然るに修正案には故(ことさ)らに男系の字ヲ削除せり。果して此(かく)の如くなるときは則(すなはち)将来に於て我皇位ノ継承法に女系をも取るべきに至り上代祖先の常憲に背くことを免れず。

(中略、ここで修正案否決さる)

(副島)皇統の男子と云へば男系の男子たることにして説明に於ても亦(また)判然たり。

(大木)皇統の男子と云へば男系の男子たることに相違なし。況(いは)んや第一條は大体を論ずるの條にして其男系の男子たることは後條の所載に於て判然たるに於てをや。然れども本官の修正説は少数の為に否決したれば今更論ずるも亦詮(せん)なき事なり。」

明治皇室典範と現行皇室典範の間には法的連続性はないものの、基本的内容は受け継がれてゐる。

   五.皇室伝統の大原則

 以上、近現代の歴史を垣(かい)間(ま)見たが、我が国の歴史の流れの全体を通観した場合はどうなるか。それを必死に探究して制定にまでこぎつけた成果が、明治の皇室典範であった。

 我が国の長い歴史の中に見い出された皇室の伝統は、よく「万世一系の天皇」や「万世一系の皇統」といふ言葉で表現される。これは、傍系も含めてある幅を持った同一の系統の皇統が、一度の例外もなく、男系のみの継承でもって引き継がれてきたことを意味し、今後も天壌(あめつち)と共に永続してほしいとの願ひを込めて用ゐる用語でもあるのだらう。この「同一の系統の皇統」といふ内実の基本的特性を具体的に見てみると、それは、次の四つの事実に集約され得ると思はれる。

① 明治の皇室典範、及び、現行皇室典範の冒頭第一条に成文化されてゐるごとく、「皇位は、皇統に属する男系の男子(祖宗ノ皇統ニシテ男系ノ男子)がこれを継承する」こと、これが皇位継承の基本であった。

② 反面、歴史上には、女性が皇位に即かれた事例が散見される。しかし、それらは、あくまでも臨時、異例の措置であった。その場合は、皇統に属する男系の女子皇族でなければならず、かつ、御在位中、並びに、それ以降は、独身でなければならなかった。この「御在位中、並びに、それ以降においては、生存する配偶者を持つことを許さず」が、女性天皇に課せられた「不文の法」であった。

③ 皇位継承権を保有される宮家当主の位の継承も、前掲①、②と同様であった。

④ 皇位、並びに、宮家当主の位の継承は、父から子への直系継承とは限らず、幅の広い傍系継承をも含むものであった。

 以上の四点は、「皇室伝統の大原則」と称すべき歴史的事実である。 多少補足すると、「皇統に属する」とは、「父系のみを遡(さかのぼ)り辿(たど)ることによって、必ず歴代天皇方のうちのどなたかに繋がることが出来る」、すなはち、「父子直系を遡れば必ず第一代・神武天皇に辿り着くことが出来る」、そのやうな血統に属してゐることである。また、養老「継(けい)嗣(し)令(りょう)」が廃止されてはをらず、女性皇族にも皇位継承資格があった明治前期以前において、唯一の宮家女性当主であられた桂宮家第11代当主・淑(すみ)子(こ)内親王(仁(にん)孝(こう)天皇の皇女)は、独り身を持されながら宮家後継の当代皇子の出生・成長を待ち続けられたが叶はず、桂宮家は明治14年に内親王の薨(こう)去(きょ)に伴ひ絶(ぜっ)家(け)となった。

 前述の四つの原則に従ふことによって、皇位の男系継承が保障され、また、皇位継承の基盤となる皇室といふ「聖域」が、「聖域」であり続けることが保障される。すなはち、皇室内の男性皇族方が、総て皇統に属され、皇位継承権を保有される男系男子のみであり、天皇と(上皇と)皇族から成る皇室といふ「聖域」が、全く変質せずに存続することが出来るのである。皇室の中には、皇統に属さない、すなはち、他系の血統を保有する男性は、一(いち)人(にん)たりとも存在させてはならないのである。

   6.今後採るべき方策

 「皇室伝統」を弁(わきま)へた皇位の安定的継承方策としては、皇位継承権を保有される男系男子が御当主の宮家といふものを、まづは考へなければならない。その家族構成も含めて、それらの宮家を含む集合体の「皇室」の規模をいかに適切に安定的に維持するかが、衆参「付帯決議」の中の「安定的な皇位継承を確保するための諸課題」の意味する所(ところ)である。

 女性宮家については、万(まん)一(いち)の場合に限り極めて例外的な可能性も考へられるが、現状では課題とはなり得ない。安定的な皇位継承を確保する方策としては、戦後、皇籍離脱を余儀なくされた「旧十一宮家」の男系男子孫の中の適切な方々に、皇族の御身分を取得していただき新宮家を創設していただくことが、まづは先決の事項とならう。

 明治時代に入ってから神宮の式年遷宮の御用材の檜(ひのき)が不足し、それをしのぐための諸方策が検討された。「御(ご)正(しょう)殿(でん)の柱の基礎をコンクリートや石材を用ゐて強化し、遷宮の実施間隔を20年の倍以上に引き延ばす方策」も検討対象となった。その時、明治天皇は、「原理原則を変へる前に、用材確保の方法を考へよ」と仰(おほ)せられた。最終的には、神宮の建築様式には一切変更が加へられず、新たに神宮宮域林で「造林」事業が開始されることになったといふ(竹田恒泰、八木秀次共著『皇統保守』、PHP研究所、平成20年)。安定的皇位継承方策に関しては、明治天皇のこの例に倣(なら)ひ、古来の伝統に則した皇位継承の在り方をひたすら踏襲する道を選ぶべきであらう。

(元新潟工科大学教授)

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誤記につき訂正します

前月号8頁「書籍紹介」で取り上げた書名は正しくは『一般敬語と皇室敬語がわかる本』でした。

 

 編集後記

 「譲位」は新旧の皇室典範の想定外のこと。短文ながら1月号2頁で拙見を述べたが、「皇位の継承」は一切の人智を超えた次元のことである。特例法が「退位」としてゐるのも、「将来の先例になり得る」との答弁も、さらには共産党が賛成したのも気懸りだ。皇位の重みに改めて思ひを致したい。
(山内)

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