国民同胞巻頭言

第587号

執筆者 題名
合宿運営委員長
古川広治
「人生と国のあり方」の一体的な把握に努む
- 第55回全国学生青年合宿教室開幕す -
  合宿教室のあらまし
  走り書きの感想文から(抄)
  合宿詠草抄

 今年で55回目となる全国学生青年合宿教室は8月20日から23日までの3泊4日、阿蘇外輪山の懐に抱かれた「国立阿蘇青少年交流の家」に於いて151名の参加者を得て開催された。昨夏の厚木合宿直後にスタートした今次の合宿運営委員会(九州・中国四国・関西・関東以北の各地在住の会員から12名で構成)は従来に比べて若く、それだけに試行錯誤の連続であったが、無事全日程を終了することができた。

 私たちが願ったものは、各参加者が自分の人生と国のあり方を一体として見る視点を持って欲しいといふことであった。わが国の政治・経済・外交・安全保障等々の現状は櫓舵を喪失して大海に漂ふ小舟の如くであって、社会規範も日々崩れていく感じである。かうした国が混迷衰亡して行く様相を座視してゐて良いのか。一人の日本人としてどう生きたら良いのか。かつて国難と言はれた時代を生き抜いた先人の生き方や言葉に学びながら、自分自身の生き方を考へる契機にして欲しい、そのお手伝ひをしたい、といふことであった。小田村寅二郎先生を初め亡き先生方が常に言はれてゐた「学問・人生・祖国」の一体的な把握である。

 講義はいづれも深い思索と体験に裏打ちされたもので、「いのちの籠った」力強い言葉をいただいた。

 開会式直後の「古典輪読に学ぶ日本人の智恵」と題する合宿導入講義(藤新成信講師)では、何のために学ぶのかといふ根本問題が聖徳太子のお言葉や吉田松陰の学問観を通して提起され、知的理解だけでなく「心に響く」体験の大切さが説かれた。初日夜の「元寇 文永の役の実像」と題する歴史講義(志賀建一郎講師)では、歴史教育の意味合ひを語る中で『蒙古襲来絵詞』が取り上げられ、その一節を聴講者一同で朗誦して鎌倉武士の雄心を偲ぶべく努めた。

 2日目の午後登壇された招聘講師・京都大学大学院教授の中西輝政先生は「この国はどこへ行くのか」と題して、「衰亡が止まらない現代日本」の現状を鋭く分析され、誰が衰亡を止め得るのか、それは「日本人の心をしっかりと持って、現実の政治に切り込んで行く『新しい日本人』である」と述べられ、私もその一人でありたいと真情を吐露された。その後の質疑応答は一時間余に及び、質問にも真摯にお答へくださった。

 2日目の夕食後の古典講義(國武忠彦講師)では「柿本人麻呂」が語られた。生歿年未詳の下級官吏ながら歌聖と仰がれてきた人麻呂の歌を味合ふことで、今の日本国の礎を築いた奈良時代の精神と1300余年の年月を重ねて今日に至る歴史の連続性とが自づから浮上する講義であった。3日目の午前に行はれた「歴史の玉の緒」と題する講義(小柳左門講師)では、玉虫厨子「捨身飼虎」の図から、聖徳太子・山背大兄王のお言葉、昭和天皇の御製、今上陛下の御歌へと連なる「玉の緒」が辿られ、わが国の根底を貫く清らかな精神が現に感じられるお話であった。

 最終日の朝の「持続する志」と題する講義(山口秀範講師)では合宿での諸講義が振り返られ、橋本左内の『啓発録』が取上げられた。聖徳太子、柿本人麻呂、鎌倉武士、吉田松陰、橋本左内とこれら先人の言葉に触れて心を通はすことができた喜びと感謝を学問の出発点としようと切々と説かれた。今合宿では最終日の講義後にあへて班別研修の時間を持った。合宿の中で学んできたことは何だったのか、私たちはこれからどう取り組んだら良いのかを最後にもう一度語り合ひたかったからである。かうして、歴史上の人物の思ひを身近に感じながら、互ひに胸の裡を語り合った合宿教室は閉会した。

 阿蘇の地で実現できた班友と、心を通はせようと努め、心を開いて語り合った世界とは何だらうか。これこそ先生方が取り戻すべきと願ってをられた「国民同胞感」ではなかっただらうか。盛り沢山で窮屈な日程ではあったが、各参加者が真っ正面から取り組んでくれたことが何よりも嬉しかった。

(福岡中央公共職業安定所)

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開会式(第1日目)

 九州工業大学大学院一年伊藤健司君の開会宣言で幕を開けた。主催者を代表して上村和男理事長は「これからの人生をどう生きていくべきかを考へる3泊4日にして欲しい。先人が伝へてきた国の歴史を頭で考へるだけでなく、国柄の大切さを各自が自分の心で感じ取るべく努めて貰ひたい。われわれ一人一人が、日本の国を守るといふ意思と志を持たない限り、国の存続は危うくなる。学問の目的をしっかり踏まへて取り組んで欲しい」と挨拶した。次いで日本大学2年小柳辰介君は「初めて参加した昨夏、班の友と語る中で日本の良さを実感した。日本人として如何に生きていくべきなのかといふことを共に学び語り合っていきませう」と合宿への決意を述べた。

合宿導入講義
「古典輪読に学ぶ日本人の知恵」
       日章工業(株)代表取締役 藤新成信先生

 輪読に学ぶとは、「心を働かせて学ぶことであって、字句の意味が正しいとか知識を身につけるといふことではない」と先づ説かれた。そして古典を読む理由について「学問の目的は人生をどう生きるかを考へることにある。一人でやってゐてもなかなか難しく、自分の身に降りかかる事態をどう解きほぐし対処したらいいのか。そんな時先人の言葉は一つの姿を示してくれる。その言葉にどう接するかが大事なのである」と述べ、一つの文章を皆で精読して感想を述べ合ひ、その言葉に耳を傾け合ふ輪読の重要性を説かれた。

 聖徳太子『維摩経義疏』の「若し自他の二境を存して修行せば、即ち修する所廣からずして…」に触れて、現実問題の多くは自己に囚はれた物の考へ方に萌してをり、「自他の関係」を深く考へ「他と連なりつつ生きてある自己」を凝視することの大切さ(小田村寅二郎先生の御指摘)を輪読の経験から学んだと語られた。さらに獄中の吉田松陰が同囚の人達と人の道を求めて研鑽したことを『講孟箚記』を引いて紹介された上で、会社経営者としては「いま不況によって人が育ち、成長させていただいてゐる」と日頃の思ひを披歴された。

 最後に、「人の話を親身になって聞き、心の底からの思ひを語り合ふ四日間として頂きたい」と結ばれた。

歴史講義
「元寇 文永の役の実像 -蒙古襲来絵詞を読む-」
       元福岡県立小郡高校長 志賀建一郎先生

 文永の役に関する通説を覆す新たな研究が発表されてゐることに触れながら講義を始められた。「九州熊本の御家人であった竹崎季長は、後世『竹崎季長絵詞』とも呼ばれる絵と文からなる合戦記『蒙古襲来絵詞』を描かせた。褒賞を得るといふ現実的要求のため、その記述には「証人を立てて」、「証人を立つ」といふ文言が多用されてゐる。このことがこの絵詞の真実性を裏付けてゐる」。次いで高校日本史教科書の記述を引きつつ、文永の役に関する従来の説の誤りを指摘された(元軍の集団戦法に対して日本軍も集団戦法で戦った、日本軍は苦戦などしてゐない、暴風雨は吹かなかった、等々)。「絵詞を読めば往時の日本人の強さ、素晴らしさが分るはず」と、絵詞の一節を参加者全員で声を揃へて朗読した。

 そして「なぜ日本の教科書は“日本は元の大軍を打ち破った”と書かないのか」、「日本が勝ったとストレートに書くことを躊躇させるものは何か」と問はれ、極東国際軍事裁判(いはゆる東京裁判)の呪縛からなほ逃れられないため、歴史を受け継がうとするよりも、歴史から距離を置くことを良しとするやうになってゐると今のわが国が内包する本質的な問題点を指摘された。

短歌創作導入講義(第二日目)
「『短歌のすすめ』を読んで
       元県立富山工業高等学校教諭 岸本弘先生

 最初に夜久正雄・山田輝彦両先生の共著『短歌のすすめ』『短歌のあゆみ』(国文研叢書)が上梓された時代背景が説明された。その中で昭和37年の第7回合宿教室で行はれた夜久先生による『短歌の哲学と技術』と題する短歌創作についての講義の一節が紹介された。そして「短歌創作の意味は、聖徳徳太子の『自他の二境を分かたず』とのお言葉から読み取られる平等感であり、それは心の通ひ合ひを大切にしてきた祖先伝来の日本文化の本質そのものである」と説かれた。

 また当時長崎大学の学生だった澤部壽孫さん(本会副理事長、元日商岩井)が昭和37年の阿蘇合宿教室と翌昭和38年の大村地区小合宿で創作した歌を紹介されて、ありのままにものを見て感動したことを詠まうと心懸けることで、一年足らずで別人の如くに洗練されたものとなったことを実例で示された。

 そして柿本人麻呂、防人、幕末の志士、そして明治天皇・大正天皇・昭和天皇のお歌を紹介され、歌の永続性を説く中で、短歌創作の心得が説かれた。

野外研修-阿蘇登山・草千里散策-

 短歌の創作をかねた野外研修では、参加者は弁当とお茶を片手に4台のバスに分乗し、地元の会員が素人ながら観光ガイドを務めた。白い噴煙を吹き上げる火口を覗き込み、広がる草原に目を瞠った。

講義
「この国はどこへ行くのか」
       京都大学大学院教授 中西輝政先生

 初めに「現在の日本は、政治の混乱とも相俟って、経済・教育・安全保障などが心もとない状況に陥ってをり、欧米のマスメディアは米中に続く“ジャパン アズ ナンバー3”と評してゐる。その立て直しにこれから日本人がどう関っていくべきか」と参加者に問はれ、三つの柱を立てて講義を進められた。

 まづ一点目に、現在の日本を荒廃させてゐる原因として、逼迫する財政への無策、年々増大する中国の軍拡とその経済力に対する米国の弱腰、こうした米中の動向に対処し切れないわが政府の対応、そこから生じた日米同盟関係の亀裂等々を指摘され、さらに民主党政権の国柄への無理解無頓着にも注意すべきと警鐘を鳴らされた。

 ニ点目に、このやうな衰亡する日本を救ふ方策は何か。「国のあり方をしっかりと踏まへた上で現実問題解決の戦略を練る『新しい日本人』の登場が待たれる。それは吉田松陰の精神、松下村塾の戦略学に学ぶといふことである。日本といふ国のあり方とそれを支へる精神が一つになったとき、日本は立ち上がることができる」「現在の国難を救ふ日本人に必要なことは、わが国のアイデンティティーを身に体し皇室のあり方を真剣に考へながら、政治の現実に切り込んでいく勇気を持つことである」と述べられた。

 そして三点目として、「日本精神と戦略の思想とを合はせ持った救国者」に求められるものは「日本へプレッシャーをかけてくる諸外国との関係においては日本の歴史と文明をひもときながら軍事問題を考へる戦略の思想であり、これから様々の動きが予想される政局においては政党政派を超えて日本再生といふ保守の旗をしっかり掲げることである」と説かれ、脅威を与へる国に関する情報を確実に集めることの重要性も強調された。

 講義後の質疑応答の中で、戦後のわが国は、「軍事力の問題」「インテリジェンスの重要性」「国際金融の問題」についてはきちんと学ぶ環境にないことなどを指摘された。

講義
「柿本人麻呂」
       昭和音楽大学名誉教授 國武忠彦先生

 冒頭、大化の改新(645)の20余年前に亡くなった聖徳太子の御存在に注意を促され、「天皇弑逆といふ暗澹たる時代に国政を担はれた太子が定めた憲法十七条は今にいたる日本憲法の原点である」「そして太子の志は舒明天皇に引継がれ、さらにその御子中大兄皇子(天智天皇)、大海人皇子(天武天皇)に伝へられた」と述べられた。太子が願ったものは一日も早い中央集権国家の樹立、そのための公地公民制の実現、門閥打破による人材登用であった。「これらはこのお二人によってほぼ実現したが、天武天皇の後に即位されるのが柿本人麻呂が仕へた持統天皇である」と説かれた。

 天武天皇と持統天皇の間にお生れになった草壁皇子(皇太子)は父天武天皇崩御の喪明け間もなくして28歳で薨去、その御子軽皇子はまだ五歳であった。そこで軽皇子が大きくなるまでの中継ぎをされたのが持統天皇であった。「持統天皇の胸中はいかばかりか。この天皇に人麻呂がお仕へしたといふ事実を頭に留めて欲しい。710年の平城京遷都以後を奈良時代と呼ぶが、それに先立つ70年間も見落してはならない。この歴史の連続性の中で私達の現在の礎ができたことをは忘れてはならない」と述べられた。

 続けて人麻呂が天智天皇の近江京の「荒れたる」様子を詠んだ長歌について、「橿原の御代(初代の神武天皇)から詠み始めて天智天皇に至る歴史が想起されてゐるが、何を意味してゐるのだらうか。皇位がずうっと継承されきた国の姿を人麻呂が偲んでゐるからだと思ふ」と述べられ、通常は意味を問はない数々の枕詞、神々と人々が表裏するかの如き妙なる調べを味はひつつ、人麻呂の歌謡が内包する歴史精神とでも呼ぶべきものを明らかにされた。

 最後に小林秀雄先生の「過去は今私の中にある」といふ言葉を引かれて、「私達は過去から力を貰ってゐる存在である。古典を読むと今を思って力が湧いてくる。しかし現代はなぜ過去から離れようとするのか。私達もいよいよ以て日本の歴史の連続性を心して生きなければならない」と結ばれた。

講義(第三日目)
「歴史の玉の緒」
       国立病院機構都城病院長 小柳左門先生

 山背大兄王が「一身の故を以て万民を労するなかれ」と聖徳太子の御精神のままに身を捨てられた御心は、玉虫厨子「捨身飼虎」の図にも通じるものであり、皇室の伝統として代々受け継がれてゐる誠の心であると述べられ、終戦時の、またその後の御巡幸の折の昭和天皇の御製に辿られ、「戦後、日本復興の礎となったのは昭和天皇の大御心であり、国民が大御心にお応へすることで経済復興が成った」と語られた。

 山背大兄王が「一身の故を以て万民を労するなかれ」と聖徳太子の御精神のままに身を捨てられた御心は、玉虫厨子「捨身飼虎」の図にも通じるものであり、皇室の伝統として代々受け継がれてゐる誠の心であると述べられ、終戦時の、またその後の御巡幸の折の昭和天皇の御製に辿られ、「戦後、日本復興の礎となったのは昭和天皇の大御心であり、国民が大御心にお応へすることで経済復興が成った」と語られた。

 続いて今上天皇の皇太子時代、沖縄御訪問の折の御歌や琉歌にも果てなき御心を辿られた。ことに摩文仁が岡の慰霊碑に祈りを捧げてをられる時、過激派が火焔瓶を投げて辺りが騒然となった際、陛下は真っ先に案内役の二人の女性に声を掛け安否を気遣はれた事実を紹介された。

 最後に、国民と共にある皇室の伝統は聖徳太子から今上天皇へと連綿と連なる「歴史の玉の緒」として現実に仰ぐことができると述べられた。

会員発表
       インターナショナルリスクリミテッド 伊藤俊介氏

 イギリス系企業のインターナショナルリスクリミテッド(IRL)における経験を基にビジネスインテリジェンスについて語った。

 IRLは大英帝国の時代から全世界に築き上げられたネットワークを活用し、ビジネス戦略上有益な情報「ビジネスインテリジェンス」の収集・分析業務等を行ってゐるが、その仕事を通じて日本人として学ぶことは多い。ビジネスインテリジェンスを的確に扱ひ得なければ、海外進出に失敗するだけでなく、技術やノウハウの流出、ブランド価値の低下などの危険性を自ら招くことになる。ビジネスインテリジェンスのノウハウを持つ外国企業をどう活用するか、日本企業は多くの課題を抱えてゐる。将来はビジネスインテリジェンスを通して国益に関る分野で貢献できるやうになりたい。

創作短歌全体批評
       東洋紡績(株)庭本秀一郎先生

 前日の野外研修の折に詠まれた短歌を収載したホッチキス止めの「歌稿」(参加者各々の歌一首以上が載ってゐる)ができたのが深夜12時で、それから明け方まで仲間の協力を得ながら添削を行ったなどのエピソードを披露しつつ、短歌相互批評の手順を説明された。

 まづ明治天皇の御製を拝誦して、「良い歌」とは真心の伝はる歌であると説かれ、良い歌を詠む為には真心を覆ひ隠してしまふ「個我」を取り除いて行くことが必要と語られた。その後、第一班から順に一首づつ取り上げ、「一首一文」の原則や「言葉の正確さ」「より具体的に詠むこと」など「短歌を詠む時のポイント」、「添削のポイント」を丁寧に述べ、また合宿事務局のアルバイト高校生の短歌や「合宿に寄せられた短歌」も紹介された。

 最後に、感動を素直に正確に具体的に詠むといふ創作の折の原則を念頭に班での相互批評に取り組んで欲しいと述べられた。

慰霊祭

慰霊祭に先立ち元新潟工科大学教授大岡弘先生(本会理事)から慰霊祭斎行の趣旨・手順が具体的に説明された。その中で「遠き古より今日に至るまで平時戦時を問はず、『祖国日本』を守るために尊ひ命を捧げられた全ての先祖のみ霊を斎庭にお招き申し上げ、ご馳走をお供へして、おもてなしをし、豊かな日本の文化に浴することが出来る幸せを祖先のみ霊に感謝申し上げ、続く者として自らの決意を固める祭りである」と説かれた。

 祭儀は講義室裏手の草原に設へられた斎庭で斎行された。初めに祓詞に代へて三井甲之の「ますらをの悲しきいのちつみかさねつみかさねまもる大和島根を」が山口秀範常務理事によって朗詠され、小野吉宣参与が御製を拝誦し、澤部壽孫副理事長が祭詞を奏上した。次いで参加者全員で「海ゆかば」を奉唱した。

 阿蘇の山々に囲まれた草原には満天の星が輝き、亡き師亡き友の面輪が間近く感じられる如くであった。

講義(第四日目)
「持続する志 -橋本左内『啓発録』に学ぶ-」
       (株)寺子屋モデル社長 山口秀範先生

 初めに小田村寅二郎先生の一文を引きつつ「この合宿を通して皆さんの胸中に沸々と湧いてきた思ひをスピリット、『志』といひたい。この時間は自分の志の立て方を左内の『啓発録』から学びたい」と問ひ掛けられた。そして左内が安政の大獄に斃れる二年前、「海外の事情第一に御推察之有り度候」と友に書き送ってゐるが「中西先生が言はれた正しく現状を認識した上で戦略を練る“新しい日本人”の典型を左内に見ることができる」と指摘され、『啓発録』誕生の経緯を説明した後、内容に入られた。

 『啓発録』の五項目は、相互に関連してゐるとして、次のやうに話された。「一、父母に寄りかかる心を取り去る『去二 稚心一』。二、恥辱を無念に悔しく思ふ意気張りである『振気』。三、『振気』はすぐ後戻りしかねないが、その心持ちを失はぬための『立志』。四、その志を支へて強化するのに不可欠な「勉学」(素晴らしい人の行ひを手本にして学ぶ)。五、学に勉めて行くうちに芽生える傲慢や独善を正してくれる益友を持つ「択二 交友一」である」。

 左内と同時期に江戸伝馬町の獄にあった吉田松陰とは直接の接触はなかったが、英雄は英雄を知るの譬へのやうに、松陰が『士規七則』に掲げた「三端」は期せずして左内の言ふ「立志」「択交友」「勉学」と共通してゐる事実を紹介して。「『啓発録』は、平成の私達へのメッセージでありそれをどう受け止めるかは私達次第である、日本の歴史は一本に連なつてゐる。そこに私たちも連ならうとしてゐる」と締め括られた。

全体感想自由発表

 「天皇や皇室は、歴史的権威だけでなく、お一人お一人の人間性が素晴らしいのだと言ふことを和歌を通して感じることができた」「日本人の崇高な心を引き継ぐようにしないと、我が国は滅亡してしまふ。日本を守る担ひ手となるバトンを渡されたとの思ひがする」「先人の思ひとか日本人としてとかを考へてもみなかったので心境が随分変った」「日々驚きの連続で勉強不足を痛感した」「具体的なエピソードを通して天皇の民を思ふ御心が感じられた」「歴史上の人物が伝へようとしたことが実感できた」「歴史の繋がりを実感したが、目の前の人との感じ合ひも大事だと思った」「日本人の大切な心を受け継ぐべく日々努めることが肝要だと思った」「昔の人が後ろに付いてゐると感じた」「短歌の相互批評に参加して心持ちをどう表現するかといふことで多くのことを学んだ」…。

閉会式

 国歌斉唱は開会式の折に比べ何倍も力強いものとなった。主催者を代表して磯貝保博副理事長は「皆さんの心に疲労感があるのは多くのことに心を遣ったからだと思ふ。歴史の大切さを実感したとか、勉強すべきことの多さに気付いた等々の感想発表をお聞きして、有意義な合宿であったと喜んでゐる。ここで学んだことを御家族や友達に是非伝へて欲しい。そこから新たな学びが始まる」と挨拶した。九州工業大学3年大森淳史君は「この合宿で同じ講義を聴いた班員と熱く議論を交はすことができて本当に嬉しかった」と感謝の思ひを述べた。そして学習院大学4年藤尾允泰君が閉会を宣言して第55回全国学生青年合宿教室は幕を閉ぢた。

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胸がうちふるへた元寇の絵詞
       埼玉大学教養
山中利郎

 私が一番感動したのは、志賀建一郎先生の「元寇」の講義だった。所謂教科書の通説のまま信じてゐたが、資料とともに示された新説は非常に魅力的であり、日本軍が蒙古軍を撃退したといふ事実は、日本人である私にとって誇るべきものと思った。蒙古襲来の絵詞の軍記物語的な古文の格調高さに胸がうちふるへた。

先人の思いを受け継ぎたい
       中村学園大学流通科学 相良真史

 日本という国を想って、限りない先人の方々が命を捧げてきたことを、身にしみて感じさせて頂いた。今自分は何ができるのか。これからの人生をどう生きてゆくのか。今自分がやるべきことは、この先人の方々の偉大な魂とそれを引き継いできた方々の想いを引き継ぎ、後に繋いでゆくことだと確信している。

自分をさらけだした短歌創作
       東京理科大学理4年 廿楽泰久

 一番印象に残ったのは短歌創作であった。初めての創作ということもあり、短歌を創作するときに重装備で考えた。しかし、いくら身をかためても一首も創ることはできなかった。逆に一つ一つ、身に固めているものを脱いでいくと、今まで自分では知らなかった赤裸々な自分が見えてきた。自分の全てをさらけ出し、そして残った本当の自分というものを知る良いきっかけになった。凍りついていた自分の心を短歌を通じて溶かし、温めていきたい。

班長のつとめに緊張したが…
       日本大学法2年 小柳辰介

 班長といふことで大変緊張させられた。なかなか皆の意見を引き出せず、沈黙の時間が多々できて、どうすれば合宿を有意義なものにできるかわからなくなってしまった。とても落ち込んだ。しかし、二日目の草千里散策から徐々に班別研修でも一人、二人と感想を述べてくれるやうになり、最終日には皆この合宿が楽しかった、来て良かったと言ってくれて無事に終了した。班の仲間たちがまた来てくれたらと思ふと今から来年が楽しみでたまらない。

自然に涙が出た
       岡山理科大学理1年 妹尾亮汰

 私は一番年下の18歳、とても不安でしたが、皆私を可愛がってくれ、とても嬉しかった。一番印象に残っていることは、天皇陛下がおよみになったお歌を聞き、自然に涙が出てきて、とても感動しました。夜は友と勉強し、真面目な話を延々とし、このような話の出来る仲間は滅多にいないと思い、とてもよい体験をしました。

御製に昭和天皇の深い御心を感じた
       東京大学教養2年 高木 悠

 一番印象に残ったのは小柳左門先生の御講義とその後の班別研修であった。御講義では「捨身」を体現なさってゐる昭和天皇の深さが思はれ、それは班別研修でさらに深まった。班別研修では、調氏の文章を輪読したのだが、読み終った後、言葉にならない静かな時間が流れ、班員の皆と、昭和天皇の因通寺の御製に込められた深いお気持ちの一端を共有できたやうに思ふ。班員の一人が、文章を読んで涙が出たのは何年ぶりだらうと言ったのが心に残ってゐる。他の御製についても一首一首にこめられた御思ひやその背景を知りたいと強く心から思った。

歴史の中に生きている祖先の言葉
       福岡大学経3年 岡松侑希

 心に残っていることは、日本に昔からつみ重ねてきた歴史の中の祖先の言葉や思いが現代にもつながっていると感じたことです。柿本人麻呂の御講義をして頂いた國武忠彦先生が、人麻呂の歌に感動されるのを見て、まるで現代の歌人の話をしておられるようで、千年以上も昔の先人の気持ちを感じとれる日本語のすばらしさを感じました。

短歌相互批評の不思議さと面白さ
       九州工業大学情報工3年 権藤尚樹

 普段の勉強会で短歌を詠む努力はしていましたが、今まで時間をかけて完成させた歌は何かぎこちなく感じられ、どうすればいいものかと悩んでいました。今回、最初に詠んだ歌もそのようなものであったと思います。しかし、班のみなさんと話を進めていく中で、自分が本当に表現したかった感動は何かということが、自分の口から自然と発せられていく様子が、非常に晴れ晴れとしていて、また不思議で面白おかしく感じられました。「心踊りぬ」という表現を用いたのは初めてだったように思います。

日本のことをもっと知らねば…
       東海大学農2年 寺井祥一

 歴史、古典などの知識がなかったため、講義の内容が自分にはとても理解しずらかったのですが、班別研修で話し合うことで、なんとか理解することが出来ました。日本人として生まれたのなら、やはり日本のことをしっかり知らなければいけないと思いました。

今までのどの授業よりも楽しかった
       中央大学文1年 廣木摩理勢

 初参加の私にとって、志賀建一郎先生の歴史講義は今まで私が受けたどの授業よりも楽しかった。そして新しい元寇の説は驚きでいっぱいでとても素晴らしい講義で、二日目の阿蘇登山は友達と昨日知り合ったばかりとは思えないほど仲良く登れました。小柳左門先生のご講義では自分の名前の由来となった方が出てきて嬉しかった。

自分の気持ちを正確に伝える難しさ
       筑紫女学園大学文4年 井崎恵美

 私はこの合宿に和歌を学び深めたいと思って参加した。短歌創作導入講義での「正確に聞き取り、読み取り、そして表現すること」という言葉が心に残り、合宿を通して目標にしてゆこうと思いました。短歌の相互批評では表現できたと思った自分の感動が班員には違って受け取られ、他者の目を意識させられました。「正確に自分の気持ちを表現し、伝えること」は難しいと思いました。

日本人は「歌」で言葉を鍛えてきた
       九州女子大学 小野香美

 今回の合宿では、まず「本音で言葉を交すことがなければ、人と人とが繋がり合う力にはなりません」ということが心に残りました。「人と人との繋がり」は単なる言葉の交し合いではなく、心を開いて本音でなければできないのだということに驚きがありました。この「本音」とはどういうことだろうかと考えたときに、それはうそ偽りのないことではないかと思いました。自分の気持ちをごまかさず、うそ偽りなく言葉に表し交し合うことで人と人とが繋がっていくのだと考えると日本人が短歌創作によって、人と繋がる言葉を鍛えていたことが思われてきました。

得難い経験をした
       長崎大学教育1年 浜崎 愛

 私は日本人として生まれ、日本に住んでいるのにもかかわらず、日本を築き上げた先人のことを知らないばかりか、知ろう、学ぼうという意識が欠如していました。今回の講義で一番心に残っているのは、小柳左門先生による「歴史の玉の緒」でした。また、天皇についてまったく理解していませんでしたが、御製を拝誦し、少し考えが変わりました。合宿に参加しなければ決して思うことのないことであると感謝しています。

日本人で良かった
       佐賀大学文化教育3年 吉本朋代

 今回合宿に参加させていただき、自分が日本人で良かったと今まで以上に実感することが出来、非常に嬉しく思います。先人達の国を深く思う心が、現代の私達の心をこんなにも強く動かし、その精神がまた次の世代へと受け継がれていくということに歴史の連続性を感じました。自分がこうして日本に生きることが出来るのも多くの先人達の努力や思い、そして命をかけたドラマがあったからこそであると実感し、「歴史の玉の緒」の御講義を聞いていたときには自然と涙が出て来たことに自分でも驚きました。

この合宿でしか得られないもの
       (株)ワイドレジャー 澤島 尚

 本合宿で学んだ最大のものは、「班別研修」の重要さや「輪読」、「短歌相互批評」の大切さでした。今迄は自分で本を購入し、あるいはテレビなどで勉強したことや学んだことを自分の理解に留めていました。そこに留まらず他人と意見を交換する、あるいは他人の意見を聴くことの重要性は本合宿のような場でしか得られないと感じました。今後は独自の勉強のみならず勉強会に参加して行きたいと思います。

「日本」のことを何も知らなかった
       (株)ジットセレモニー 木本正彦

 日本のことを知っているようで全く知らなかった。知っているつもりで46年間生きてきたことが恥ずかしく、また、日本を支えてきてくれた方々、命を捧げて日本を守ってくれた方々および自分の先祖に対して申し訳ない気持ちで一杯になりました。過去に戻ることは出来ないけれどもこの合宿で気づいたことをもっともっと自分で学び、自分で考え、自分のものとして、心に残し、行動していきたい。

連続している歴史を学んだ
       日本和装ホールディングス(株)早瀬賢治

 今回初参加ですが、諸先生の講義で忘れかけていた日本の心や本来学ばなくてはならないことを教えていただきました。学校で習った歴史は出来事だけを覚え、短歌は暗記するだけでそれぞれのつながり、連続しているといったことは考えたこともありませんでした。この体験を今後の自分の人生に生かせたら良いと思います。

印象に残った中西先生の御講義
       (社)福岡県中小企業経営者協会 染矢研司

 3泊4日の研修で多くのことを学びましたが、一番心に残っているのが、中西輝政先生の御講義です。今後、先生の著書を読んでいこうと思います。これほど読みたいと思ったことはこれまで経験がありません。また吉田松陰についても勉強してゆこうと思います。

国歌「君が代」を大声で歌った
       武藤愛尚

 半ば無理やり参加させられたものですが、開会式で「君が代」が大勢の人に大きな声で歌われているのをみて考えを改めました。今まで「君が代」を歌うというのは単なる儀礼と思っていたからです。

「心」の指標が見つかった
       鶴花園 鶴 比呂子

 何か小さいものでも「心」の中に指標となるものがつかめれば良いとの思いで参加しました。諸講義でそれぞれの先生方が示してくださいました事は、日本という国の歴史の一つ一つがバトンリレーの様に引き継がれ、その流れのなかに今もあるということ、又、日本人が昔から何よりも大切にしてきた「他人を思う心」が、聖徳太子をはじめ、天皇家に代々受け継がれてきた清らかな強く優しい精神(お心)がぶれることなく存在し続けていることを感じさせていただきました。この先の人生を農業者として、いつか「母」になったときも、日本人としての誇りを持ち他人の為になる生き方をしたいと強く思っています。

日本に流れている精神を知った
       (株)はせがわ 小山奈都子

 これまでの私はただ単に「何年に」「誰が」「何をした」かのみを丸暗記する歴史教科が苦手で敬遠しておりました。ところが、今回拝聴した御講義はどれも、先人がどのような精神的土台に基づき、どのような考えを持ち行動や書簡等で表したのかを、先生方が熱意を持ち、語って下さり、内容は、初心者には難しかったものの、導かれるように理解することができたと思います。特に「捨身飼虎」の話については、非常に印象に残っております。この精神を体現されている歴史上の偉人や、代々真に実践しておられる天皇家に支えられて今の日本があることを始めて知ることが出来ました。

       九州大学農2年 竹中千裕
縁ありて出会ひし友と歌を詠み言葉を探すひととき嬉し

       学習院大学法4年 藤尾允泰
国を想ひ身をかへりみず生涯を捧げし松陰に心奮ひぬ

       国学院大学文3年 相澤 守
山道を語らひながら友どちと火口目指して歩むは楽し

       埼玉大学教養2年 山中利郎
   志賀建一郎先生の御講義を拝聴して
寄せ来たる寇しりぞけしますらをの功し語る姿雄雄しき
外つ国に勝ちし戦を明らめて国の誇りを取り戻したし

       東京理科大学理4年 廿楽泰久
   中西輝政先生の御講義を聞きて
中国の脅威を学び湧き上がるみ国を守らむ強き思ひの

       東京大学教養2年 高木 悠
   昭和天皇の御製にふれて
一首一首に込め給ひたる御気持ちを吾もたどりたきと切に思ひぬ

       専修大学法1年 奈良崎恵祐
青々と夏草茂る阿蘇山を仰ぎ見をれば心洗はる

       中央大学総合政策3年 大小田紗和子
草千里あたり一面見渡せばどこまでも続く阿蘇のやまやま

       九州女子大学人間科学4年 西山詩織
   國武忠彦先生の御講義を聞きて
師の君は感嘆されつつ人麻呂の枕詞を語り給ひぬ
師のやうに古人のひと言に感じ入る我となりたく思ふ

       都留文科大学文1年 神保江里子
夏空のもとに出会ひし友どちと語り合ひけりわかりあふまで

       亜細亜大学国際関係3年 三輪夏美
古くから伝はり来たる歌の道つらなりわれも歩みゆきたし

       日本大学法2年 小柳辰介
四日間ともに学びし班友と再会ちかひ山を下りぬ

       北海道大学水産4年 河田麻帆
四日間共に過せし友どちといつか会はむと別れゆくなり

       (株)九州リースサービス 近藤正和
合宿で先人たちの心知り我等の祖国を誇りに思ふ

       (宗)根本山宝満堂 平川秀隆
おほきみの民への思ひ知るときに頬を伝ひて涙流るる

       (株)はせがわ 小山奈都子
   班別短歌相互批評にて
我れ初に詠みたる歌を囲みつつ良くせむとする友ありがたし

       ジット(株) 鷹野竜一
大阿蘇の緑の大地連なるを眺むる我の心安らぐ

       (株)テノコーポレーション 吉武篤志
草原に餌を食む牛のどかなり朝もやかかる高岳を背に

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編集後記

 今次の阿蘇合宿に御登壇いただいた中西輝政先生は、御講義の中で民主党政権のわが国柄に対する無理解と無頓着について一言された。「あり得ない一線を越えようとした…」と。

 直ちに昨年12月、来日した中国副主席の陛下との会見を強行したことが瞼に浮んだ。これに懸念を表明した宮内庁長官を党幹事長は「あいつ」呼ばはりした。11月の御即位20年奉祝にちなむ「臨時休日」法案は民主党の非協力で流れ、両陛下の御臨席を仰いだ政府式典では副総理が「船を漕いでゐた」。その副総理(現総理)と幹事長(6月幹事長辞任)がいま首相の座を賭けて党首選を闘ってゐる。互ひに「政治主導」を叫び利益誘導で競ってゐる。党綱領なき雑居政党だから「金額」の多寡しか示せないのか。面妖なことに党首選に外国籍党員が参加する。それにしても民主党政権一年の外交不在(インド洋からの自衛艦撤収、「普天間」を巡る日米合意の曖昧化、日米安保体制の揺らぎ…)で、日本近海が中国艦艇の内海化しかねない危険性が高まってゐる。

 本号巻頭で運営委員長が記すやうに今回も「わが人生と国のあり方」の一体的把握に取り組んだが、ことのほかに歴史の連続性に浸り得る「日の本の民」の幸せが浮上した感じだ。各頁から研鑽の様相をお察し下さい。(山内)

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